「祐一、ちょっと赤レンガまでいいか?」
始業式が終了し教室に入ろうとすると、潤が俺に声をかけてきた。次の授業開始までの時間は大丈夫なのかと訊いたところ、始業式が早めに終わったことに伴い、あと20分〜30分は大丈夫とのことだった。
「ところで『赤レンガ』って何だ?」
「昇降口前の中庭の通称だよ。この雪じゃ分からないだろうけど」
潤に赤レンガことを訊ねると、たまたま近くにいた達矢が応えてくれた。
「とにかくそこに行けばいいんだな?」
「ああ」
「諒解」
とは言ったものの、俺は職員玄関から校舎内に入ったので、昇降口の場所は分からない。達矢に場所を訊いたところ、教室棟の東側階段を降り、北向きに廊下を歩いた左手にあるとのことだった。
「ぐわっ!」
言われるがままに赤レンガに向かうと、昇降口との幸村先生が朝立っていた場所との中間辺りの場所で潤は待ち伏せていた。そして突然俺に殴りかかってきた。
「すまんな、転校生。ワシゃぁお前を殴らないかん。殴っとかな気がすまん」
「おい、ジュン、やめなって!」
「離せタツ! コイツのせいでワシの妹は……!!」
居合わせた達矢が必死に潤を押さえ込もうとするが、潤は俺の胸倉を掴んでもう一発殴ろうと拳を構えた。
「やめて、潤くん!」
そんな時だった。どこからか現れた名雪が俺たちに向かって叫び出した。
「潤くん! その手を離して!! いったい祐一が何をしたって言うのっ!?」
「いやっ、何って言われても……」
「俺たちは芝居をしているだけだけど……?」
「えっ!?」
「水瀬部長〜〜。北川先輩たち、エヴァンゲリオンの1シーンを再現しているんですよ〜〜」
俺たちのやり取りに野次馬根性が沸いてか、いつの間にやら教室棟の廊下に人が群がっていた。その中の生徒の一人が、名雪に種明かしをしたのだった。
実のところ、昨日のバーコードバトルが開戦する前に、潤たちと打ち合わせをしていたのだ。このあと俺が「僕だって、好きで乗っているわけじゃないんだ」とサードチルドレンの台詞を言う予定だったのだが、名雪が割り込んだことにより、俺はまともに台詞を言うことができなかった。
「あ〜あ、いいところだったのにな〜〜。なゆちゃんのせいで台無しだよ」
「う〜〜。芝居なら芝居って先に言ってよ〜〜」
「こういうのは何の予告もなしにやるから面白いんだよ」
と、名雪に理解を求めようとしたが、名雪は最後まで納得のいかない顔をしていた。
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第壱拾弐話「統率者としての資質」
「まったく! 始業式早々何をやっているんだお前たちは!!」
赤レンガでのデモンストレーションが中途半端に終わったあと、俺たちは石橋先生に職員室に呼ばれ、こっぴどく叱られていた。
「あの、一応今回の件に関しては、顧問の幸村先生にも生徒会にも許可は取ったんですけど」
達矢は今回のデモンストレーションは部活動の一環で、顧問と生徒会の承諾は受けていると石橋先生に説明したのだった。
「たとえ部活動の一環としてもだ、時と場所を選べ! まったく、お前たちは小学生か」
「まあまあ、いいじゃないですか、石橋先生」
そんな時だった。石橋先生と俺らの間に一人の生徒が割って入った。その生徒はメガネをかけたいかにも優等生な面構えの男だった。
「この度のショーは、生徒会長である僕に演劇部部長自らが許可を申し出たものです。会の認可も受けずにあのようなショーを披露したなら確かに問題でしょうが、生徒会長のお墨付きなら何の問題もないでしょう」
「まったく、どいつもこいつも……。わかった、今回のことは不問にしておく。だが、二度とこんな軽率な行動には出るなよ!」
煮え切らない表情で、石橋先生は俺たちの前から立ち去った。
「何のつもりだ”3代目”。オレらに貸しでも作ろうってか!?」
「僕は別に君に貸しを作るつもりは毛頭ないよ北川君。僕が用があるのは君だよ」
そう言い、自ら生徒会長と名乗った男は俺に近づいてきた。
「初めまして、相沢祐一君。僕は岩手県立水瀬高等学校の生徒会長である久瀬政行だ」
久瀬と名乗る男は自分から進んで自己紹介をし、俺に手を差し伸べてきた。
「あっ、こちらこそ初めまして」
いきなり手を差し伸べられたことに途惑ったが、俺は礼儀として自分も手を差し出した。
「先程のショー、君という人間を全校生徒に知らしめる手段としては、非常に有効なものだったよ」
「は、はぁ。それはどうも」
「生徒会長水瀬雪子のご子息として、そして相沢家の人間として僕は君に期待している。ぜひとも生徒会に入ってくれたまえ」
ああ、成程。何故この久瀬という男が初対面の俺に親しげなのかよく理解できた。久瀬は俺を母さんの子として見ている人間の一人ということか。それだけではなく、本家の分家の者にすぎない俺を相沢家の人間として見ているのだから、なおさら質が悪い。
「では、よい返事を待っているよ相沢君」
そんな台詞を残しながら、久瀬は職員室を後にした。久瀬は俺に対して好意を抱いてはいるようだが、その姿勢は最後まで人を見下すような高圧的なものだった。
「まったく、いい気分がしないな」
俺は職員室から教室へと戻る最中、そんな愚痴を二人に吐きながら歩いていた。
「まっ、三代目は優秀な自分が愚民どもを統率しなければならないなんて思っている、シロッコタイプの生徒会長だからな」
「さっきから三代目三代目って、何で久瀬のことを三代目って呼んでいるんだ?」
俺は潤が久瀬のことを三代目と呼んでいることに疑問を持ち、潤に訊ねてみた。
「何だ、苗字で気付かないのか? あいつは参議院議員久瀬素夫の息子だぜ」
「成程。だから”三代目”か」
潤の説明で俺は納得がいった。参議院議員久瀬素夫は、この水瀬市はおろか岩手県南部の勢力を倉田党首と二分する力を持つ政治家だ。
久瀬議員の父は官僚出身で内閣官房長官や民自党副総裁を歴任した久瀬悦三郎氏だ。
なお、佐祐理さんの祖父である倉田佐重喜氏も衆議院議員を務めていた。つまり、佐祐理さんも久瀬も同じ二世議員の子ということになる。潤は久瀬が二世議員の子であることから、皮肉の意味を込めて”三代目”と呼んでいるのだろう。
素夫氏と一郎氏は、かつて”水瀬戦争”と呼ばれた衆議院の議席を巡る政争を繰り広げた者同士だ。一時は協議の結果素夫氏が参議院に下ることで和解したが、ここ数年は互いに距離を置いた関係になっていると、父さんから聞いたことがある。
もしかしたなら久瀬は、数十年後繰り広げられるであろう佐祐理さんとの三世議員対決に際し、自分が優位な立場に立つことまで目論んで、俺に声をかけたのかもしれない。
いずれにせよ、俺は生徒会なんかに入る気はまったくない。ただでさえ母さんの子として見ている人間がいるというのに、生徒会なんかに入ったら、ますます母さんの子として見られるに決まっている。
俺はこの学校では何の役職にも就かず、平穏に一生徒として学園生活を送ると、心の中で呟いた。
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「潤、学食はどこにあるんだ?」
4時間目終了後、昼食を持参しなかった俺は、学食がどこにあるか潤に訊ねた。
「学食か? 学食は、体育館隣りの旧60周年記念館に……」
トゥントトゥン♪ トゥトゥトゥトトトトン♪
話の途中、潤の胸元から携帯の着メロ音が聞こえてきた。メロディを聞く限りではGガンのOP曲だ。
「はい、こちらスカル4!」
『スカル3よりスカル4へ! 状況は予想通り局地戦と化している! 一刻も早く向かわねば目標をロストしてしまうぞ!!』
「了解! 祐一、学食に急ぐぜ! 戦況は風雲、急を告げ、窮めて我らに不利なり!!」
「ようするに混んでいるってことか?」
「それもあるが、今日から発売される新作パンが売り切れそうなんだよ! 走るぞ祐一! プルプルプルプルプル〜〜♪」
「だぁぁ〜〜! 自分をバルキリーに見立てるのはいいとして、男がその台詞を言うのはやめろ〜〜っ!!」
妙に甲高い声でエルピー=プルの物まねをしようとする潤を、俺は必死で制した。頼むから俺のプルのイメージを壊す行為は勘弁してくれ。
「しゃぁねえな〜〜。じゃあ、オラオラ〜〜、死神様のお通りだぁぁぁ〜〜!!」
「い、いや、その台詞は台詞で妙にリアリティがあるんだが……」
ともかく俺は戦闘機のように走り出す潤の後を追い、学食に急いだ。
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「ぜは、ぜは……。時すでに遅しか……」
学食に着くと、そこは既に多くの生徒がたむろしており、座れる余裕はなかった。潤は目的の新作パンが既に売り切れていたことに、息を切らしながら悔しがっていた。
「遅いぞ、北川」
そんな潤の前に斉藤が現れた。
「まさかこんなに混んでいるとはな。やっぱりみんな新作パンに群がったか……」
「当たり前だろうが。買いたきゃ俺みたいに2階から飛び降りてでも買いに行かなきゃな」
「オレはお前ほど身体鍛えてねぇよ!」
「ちょっと、待て! 2階から飛び降りたって、そんなことしてまでパン買ったのか!」
4時間目が終わった途端斉藤の姿が見えなくなったと思ったら、そんなことしていたのか。しかし、2階から飛び降りるなんて正気の沙汰じゃない。
「ひょっとして毎日2階から飛び降りて買いに行っているのか?」
「いや、さすがに毎日はやってねぇぜ。せいぜい欲しいパンをどうしても買いたいときくらいだな」
「欲しいパンをどうしても買いたいときくらいって……よく身体が持つな」
「俺は常人と身体の鍛え方が違うからな」
身体の鍛え方が違うって、事ある度に2階から飛び降りても平気な身体なんて、そう簡単に鍛えられるものじゃないと思うが。
「まあ、気落ちすんなって。ちゃんとお前の分も買っておいたからよ」
「サンキュー、斉藤」
「その代わり席は確保できなかったけどな」
「やれやれ。教室で食うのもあれだし、”げんしけん”で食うか……」
「なんだ、潤? ”げんしけん”って?」
聞き慣れない言葉が出たので、俺は潤に訊ねた。
「ああ、副團が会長やっている『現代視覚文化研究会』のことだ」
「現代視覚文化研究会?」
「早い話、漫画、アニメ、ゲームを含めたあらゆるヲタク文化を研究する会だ。副團が従来の漫研じゃヲタク文化のすべてを把握仕切れないって、漫研を改めんたんだよ」
「へぇ〜〜」
「会長が副團ってことで基本的に應援團のたまり場みたいになってるんだけど、タツとかもよく来るし、おまえが行っても何の問題もないぜ」
俺はげんしけんの詳細を聞いただけなんだけど、いつの間にか俺もげんしけんで一緒に昼食を取らないかという話題になっていた。まあ、学食は見た通り座れるところがなさそうだし、げんしけん自体にも興味があったので、俺は学食でパンを買って潤たちについていくことにした。
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「着いたぜ。ここにげんしけんがある」
潤たちに案内された場所。そこは校舎の端のテニスコートとプールに挟まれた、築40年は経過していると見えるボロボロの建物だった。潤曰く、この建物は文化部長屋という通称で呼ばれている部室棟とのことだ。
「この文化部長屋には、げんしけん、軽音楽部、演劇部、そして我らが應援團の團室がある」
「文化部長屋っていう割にはずいぶんとサークルが少ないな。應援團は文化部じゃないし」
「建物自体が古いからな。吹奏楽部以外の文化部はみんな校舎内の教室を活動場所にしている。ま、ボロイとはいえ部室があるだけマシだぜ」
潤の話によれば、げんしけんはこの長屋の手前から2番目の部屋らしい。俺は潤たちに誘われるがままにげんしけんの中へと入っていった。
「……でな、この間制服買いに行ったらよぉ、これがまたピッタリと合うんだよ〜〜。もうその制服姿が可愛くってさ〜〜。写真見る?」
「いや、僕は遠慮しておくよ……」
「僕も遠慮しておきます……」
げんしけんの中に入ると、達矢とこの間のMADムービー会で見かけた副團長が、苦笑しながら男の話を聞いていた。軽快な喋りで自慢話をする男は丸刈りでメガネをかけ、ボロボロの学ランを着ていた。格好からして、この男も應援團なんだろう。
「ち〜っすっ」
「おっ、北川に斉藤、いいところに来たな。実はおまえ達に伝えなきゃならない重大発表があってな」
「重大発表ってなんスか、團長?」
「團長? この人が?」
「ああ、そうだ」
頭を丸刈りにした應援團は、驚くべきことに應援團の團長だとうことだ。應援團の團長というイメージから、俺はもっと硬派で威厳がある人が團長かと思っていたけど。
「ん? 一人見かけない顔の奴がいるな? 同じ2年のようだが」
「ああ。朝一芝居打った転校生っスよ、團長」
「おお、あん時の。今日は朝から面白いものを見せてもらったな。名前は何て言うんだ?」
「相沢祐一です。よろしくお願いします、團長さん」
「相沢か。俺は宮沢和人って言うんだ。ま、俺のことは團長なり宮沢なり和人なり、兄貴なり兄者なり兄上なり好きに呼んでくれ。間違っても『お兄様』とか『にいや』とか『兄チャマ』とか呼ぶなよ。男に呼ばれても気色悪りぃだけだからな」
初対面の俺に好きに呼んで構わないなんて、ずいぶんと心が広い人だと思った。でもなんで、そんなに兄の呼称に拘っているのだろう?
「で、重大発表ってなんスか、團長?」
「ああ、聞いてくれ、北川に斉藤に、それに相沢……」
単に昼食を取りに来ただけなのだが、いつの間にか團長の重大発表を聞く羽目になった。
「実はな……。今度俺の妹が中学生になるんだよ〜〜。それでな、この間中学の制服買いに行ったんだけど、これがまたピッタリと合うんだよ〜〜。もうその制服姿が可愛くってさ〜〜。あまりの可愛さに記念写真撮ったんだけどさ、その写り栄えも最高って感じでさ〜〜。写真見る? 見る〜〜?」
團長の言う重大発表とは、何てことはない、自分の妹が中学生になる話題だった。しかし、自分の妹が進学するだけだって言うのに、親じゃあるまいし、ここまで大げさにはしゃぐ必要があるのだろうか。何か俺たちが来る前も同じ話題で盛り上がっていたようだし。
「これで念願叶って有紀寧と並んで制服姿で街中歩けるぜ! 一緒に並んで歩いたらよ、どっから見てもアツアツのカップルにしか見えないぜ。な、おまえもそう思うよな、相沢?」
「いやまあ、ははっ……」
そんな仮定の話を振られても困るんだけど。俺はとりあえず作り笑いをしながら相槌を打った。
「いや、すまない祐一君。和人は妹の話をすると見境がなくなるから、我慢してくれ」
苦笑しながら團長の談話を聞き続ける俺を気遣ってか、副團が小声で話しかけてきた。
「自己紹介がまだだったね。僕は西澤麗。潤や達矢から話は聞いているだろうけど、應援團の副團長を務めている」
「よろしくお願いします。この間のMADムービーはなかなか面白かったですよ。副團はいつもああゆうの作っているんですか?」
「まあ、駄作習作合わせて過去に20作品は作ったな」
「へぇ〜〜、それはすごいな」
「伊達にげんしけんの会長を務めているわけじゃないよ。漫画にしろ、アニメにしろ見ているだけでは一般人とさほど変わらないからね。やはり多かれ少なかれ自分で何かを作ってこそヲタクというものだ」
確かに、作品を見たりグッズを買い漁っているだけでは、ファンの域を出ないだろう。ネットで公開するにしろコミケにサークル参加するにしろ、何らかの形で自己の願望や妄想を表現してこそ、真のヲタクと言えよう。
そういう意味では、俺はまだまだファンの域を出ない半人前のヲタクだろう。
「もっとも、MADムービーは僕の得意分野じゃない。僕が得意というか好きなのは、自作PCを組み立てたり、機械いじりをすることだな」
副團曰く、この文化部長屋は古さのあまり電線が切れたりし、ここ数年は送電がストップしていたらしい。それを副團が学校に許可を取り、趣味と実用を兼ねて再び電気が流れるようにしたとの話だった。
「じゃあさ、こういうの作れるかな……」
俺は機会いじりが好きだという副團の腕を見込んで、あることを頼んでみた。
「成程。僕の腕を持ってすれば不可能じゃない。君が望んだ以上の物を作ってみせよう」
「ありがとうございます。完成した時は教えてください。どれだけ時間がかかっても構わないから」
副團は俺の頼みを聞いてくれたばかりか、俺が頼んだ以上の物を作ってくれると言った。これは完成が楽しみだ。
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「和人、和人はいるかっ……」
昼食を取り終え、げんしけんにある漫画を拝借して読書に夢中になっていると、突然部室のドアを開け、團長の名を呼ぶ声が聞こえた。ドアのほうに目を向けると、そこには見た目がいかにも不良そうな男が悲痛な表情で立ち尽くしていた。背格好からして應援團だろうか。 けど、特にバンカラ服という感じではないので、恐らく他校の生徒なのだろう。
でも、なんで他校の生徒がここに。
「なんだぁ、田嶋ぁ。またヘマ犯したのか?」
「ああ! やっちゃいけねぇって思ってるのに、またケンカしちまった! おまえに何度もやめたほうがいいって言われてるのに、つい手が出ちまう。
ホント、俺はどうしようもねぇ人間だぜ……。もう生きてける自信ねぇよ……」
「やれやれ。相変わらず血の気が多いなお前は。ケンカの原因はなんだ?」
「ああ、実は……」
その後團長は突然現れた田嶋という男の話を聞き、時には叱責し、時には激励の言葉を送っていた。
「すまねぇ、和人。またお前に元気付けられちまった。いつも迷惑ばかりかけて、本当に申しわけねぇ……」
「なぁに、迷惑なんかじゃねぇよ。相談があったらまた来な。いつでも話聞いてやるからよ。気を付けて学校に戻れよ、田嶋」
「ああ。ありがとな、和人」
そうして田嶋という男は團長に深々と頭を下げてげんしけんを後にしたのだった。
「まったく、アイツの血の気の多さには困ったもんだぜ。ま、俺も應援團なる前はアイツ以上に血の気が多かったからな、ハハッ」
「それよりもいいんスか、團長。田嶋に妹さんの話をしなくて」
「うおっ、しまった! 話聞くのに夢中になってて、田嶋に有紀寧の制服姿の話するの忘れてた! お〜い、待ってくれ、田嶋〜〜。実は今度俺の妹が……」
潤に妹のことを指摘され、團長は急いで田嶋の後を追った。
「しかし、今のは何なんだ潤」
「ああ、今のは言わば『團長宮沢和人の人生相談室』だ」
潤の話によれば、今の田嶋のように團長を慕ってこの場所に訪れる他校の生徒は多いらしい。それも訪れる生徒のほとんどは、俗に言う不良生徒とのことらしい。
生徒会長の久瀬は他校の不良生徒生徒が校内に不法侵入することを快く思っていないようだが、学校のほうは團長の行為が他校の不良生徒の更生に役立っているのなら仕方ないと、黙認状態だという。
「分かるかい、祐一君? 今の和人の姿勢こそが、和人が應援團の團長たる理由なんだよ」
「えっ?」
「和人の応援は学校行事等の応援に留まらない。今のように他校の生徒が相手でも上から物を言うんじゃなくて、同じ視線に立って気軽に応援する。そんな心の広い男なんだよ、和人は。だから、今年度の應援團が結成された時、満場一致で和人が團長に選ばれたのさ」
俺は副團話を聞き、和人こそ人の上に立つ資質を持った男だと思った。自分は人の上に立つ者だという意識を持って人に接する久瀬のような人間は、人の上に立つ資質を持つ男ではない。
何故ならば、単に偉ぶるだけならば誰にだってやる気になればできることだ。自分は他人より優れている、特別だと思っている人間は世に多く、そんな人間が地位や権力を得れば、人を見下すに決まっている。
けど、和人は違う。彼は偉ぶった素振りをまったく見せず、他校の生徒や初対面の俺にでさえ、まるで昔からの友達と語り合うかのような姿勢で接していた。
誰が相手でも決して偉ぶることなく、それでいて叱責や激励の言葉を送れる。そういう人間こそが統率者のあるべき姿だと、俺は思った。
…第壱拾弐話完
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※後書き
| 「Kanon傳」の第九話前半から中盤に相当する回です。学食に至るまでの話の展開は改訂前とほぼ同じですが、この時点で久瀬が出て来たりなどの違いがありますね。
ちなみに、久瀬の父親やら祖父の元ネタは、政治家の椎名悦三郎氏と、泰夫氏です。どちらも舞台となっている街出身の政治家なのですが、恥ずかしいことにこの方々の名前を「Kanon傳」書いていた当時は知りませんでした(苦笑)。自分の生まれ育った街の出身政治家だというのに名前を知らなかったのは、恥ずかしい限りです。
それと、改訂前はオリジナルキャラだった應援團の團長が、「CLANNAD」宮沢有紀寧の兄、宮沢和人だという設定になりました。これは、「CLANNAD」の有紀寧をプレイした際、有紀寧の兄が多くの他校の不良生徒から慕われているリーダー的存在だと描かれていたので、ならば應援團の團長にしてしまおうと思ったからです。
原作ですと、思い出話の形でしか人物描写がなされていないので、勝手に性格を変えてしまいました。原作の和人は眼鏡をかけておらず、シスコンでもないです。
この辺りの性格描写は『鋼の錬金術師』のヒューズ中佐を参考にしております。ヒューズ中佐が娘の写真を見せたがるネタを応用して、妹の写真を見せたがるという感じに(笑)。
さて、次回はようやく舞を登場させられるなと思いましたけど、「Kanon傳」の第九話後半に当たる栞の描写をしていませんでしたので、舞の登場はもう一話先になりそうです。 |
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